東京のど真ん中にだって、こんなひなびた神社があるのです。住民がどんどん少なくなった為、お祭りの時も出店の数が随分減りました。以前は参道両側にぎっしり並んでいたものが、今は空きが目立ちます。住民減少、即ち氏子の減少、経営は相当きついようで、神主さんは苦労をしています。
銅を貼った神社の屋根が、緑色に緑青をふいているのは、美しいものですね。しかし、当神社はトタン屋根を緑色のペンキで塗ったものです。資金が無いのでしょう。(笑)
神社の横には「宮御輿」の御輿倉がありますが、相当、傾いて建っています。おおきな地震が来れば真っ先に崖を転げ落ちる事と思います。 大晦日には穏田青年会が協力して、元旦朝0時から初詣の参拝客に甘酒を振る舞います。永六輔さんも来ていました。
皆さんも、是非、参拝にいらっしゃってください。

新社殿  98年の終わりに新社殿が完成しました。 うう、なんか金ピカで以前のひなびた感じが 懐かしいと思うのは私だけでしょうか。しかし、そのためか99年の初詣は沢山の方が参詣に来て、我々、青年会の者たちも甘酒配りに力が入りました。崩れ落ちそうだった神輿倉も新造され、宮神輿の倉が本殿前に、3町会それぞれの神輿倉が本殿横に新造されました。これで地震がきても大丈夫ですね。はは、なんとなくつまらない。しかし、残念なことに氏子を形成する東、小若、九重の3つの町会のうち九重町会が人数の減少のため神輿を出せなくなってしまったのはなんとも悲しいことです。
原宿の街が賑やかになり、表参道に華やかな店舗で賑わう裏には、相続税、固定資産税に苦しみ、住み慣れたこの街を離れざるを得ない人たちもいるのです。
(その後また、九重町会もお祭りに参加するようになりました)

 99年のお祭りは新社殿の完成後初めてのお祭りですので、永六輔さんがご厚意で講演をしてくれました。さすがの語り口で、集まった人々を楽しませてくれました。まったく気取らない、暖かい講演で今更ながらに永六輔さんの人柄に敬意を表することとなったのです。約束の時間よりも早くお見えになり、用意した椅子にも座らず、観衆と同じ目線で、「前のほうの方たちは腰をおろしてお聞きください」と云って気楽に講演を行っていただいたのは素晴らしいことでした。毎年、講演してくれないかなあ、と思いましたが、まあ無理なことでしょうね。かといって、講演料をお支払いして来て頂くほどの資金はないしねえ。うむむ、残念。

 2000年、Y2Kも何も起こらず、神社の甘酒配りで待機していた私としては、何となく残念なような ほっとしたような気がしました。みなさんは如何でしたか? 毎年、0時ぴったりに参拝が始まるように社殿の前に参拝客が並びますが、今年の1番のご夫婦は1時間あまり前から並んでくれました。話を聞くとなんと千葉の方から来てくれたのだそうで、我々その場にいた者達は感激しました。ご主人は以前、近所に住まわれていた方で、神社からすぐ近くの小学校の卒業生なのだそうです。しかしその小学校(渋谷小学校)もすでに廃校になってしまっているのですから、ああ、よく来てくれたなあ、と感慨ひとしおでした。 皆さんも是非参拝にお見え下さい。長い間並んで参拝する明治神宮よりも、こちらのほうが風情があって良いと 思うのですがねえ。無料の甘酒、先着限定の干支が描かれたカワラケも差し上げています。

 例年通り、2001年元旦午前零時から穏田神社での甘酒サービスのお手伝いも無事に終了。 昨年よりも参拝の方が増えたことは本当に嬉しいことです。
来年は是非皆様も参拝にお出かけください。お待ちしております。多分来年も甘酒を配る係だと思いますから、 HP見たよ、とお声をかけていただくと甘酒のお替りを差し上げます。ただし甘酒配りの係は2人ですので当たるかなあ、ははははは。

だいぶ落ち着いた雰囲気になりました 2004年の元旦は数日前の雨の予報も変わり、寒さを感じない穏やかな日次でした。 昨年に引き続いて参拝客が増加し、午前0時の参拝開始時には参道の先、道路までの行列が出来ていました。千葉から来てくれているご夫婦も今年は赤ちゃんを抱いての参拝です。嬉しいですね。

 穏田青年会による甘酒サービスも午前1時半の終了時には大釜2杯、丁度なくなり、参拝客の増加を喜びました。 皆さん、今年の大晦日も是非お見えください。

 神社も5年余経つとも落ち着いた雰囲気になりました。
 今年の秋の祭礼には、修復中の大きな宮神輿が出ます。 担ぎに来てください。
 お申し込みは神社まで。



最初のページへ 原宿の食事処