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ご存知の方も多いと思いますが、昭和40年以来、「原宿」という地名(住居表示名)はありません。江戸時代から続いた「原宿村」、「穏田村」の地名は「神宮前」と変わっています。
又、現在の地下鉄「表参道」駅も、以前はもう少し渋谷よりで、「神宮前」駅でした。ですから、土地の旧い人たちは「表参道」とは、明治神宮から青山通り(246)までの広い通り、そのものを指し、現在の地下鉄駅あたりは、「地下鉄の・・・」とつけます。
ちょっと紛らわしいですね。 現在は神宮前と変わったこの土地には、何代か続いて住む人々が残っています。私なんかは新参者、わずか30数年です。同潤会アパートよりも、うんと新しいのです。 この穏田村には「村の青年団」ならぬ「穏田青年会」というものが未だに存在します。都心の住宅街に共通の難問、人口の減少と高齢化が顕著で、「青年会」とは名ばかり、平均年齢は軽く50歳を超えています。新年の地元神社での甘酒くばり、年末年始の火の用心、餅つき、秋祭り等の行事に町会へのお手伝いをしています。 |
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| 修学旅行 | |
今は賑やかな原宿近辺ですが、昭和26年頃撮った表参道での写真を見ると、車の走っている様子は殆どありません。昭和40年頃までは、日曜日の朝はパジャマ姿にどてらを羽織って表参道を散歩したものです。今では早朝7時頃から、表参道から脇道に入った住宅街を セーラー服の一団が入り込んできます。 「あのね、こんな時間、どっこも賑やかじゃないんだよ」 「?」 修学旅行のお嬢さん達、原宿へ来るのは 旅館で朝食をしっかり食べてから 朝、10時以降を目安に遊びに来てください。 |
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| 遊歩道(通称:キャット・ストリート) | |
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池波正太郎の小説を読むと、穏田あたりを素材にした部分も何回か出てきます。青山通り(昔の大山詣での道で、丹沢方向へつづきます) からダラダラと下ってゆき、水田と畑の間を細い川が流れ、所々、農家が点在するのどかな風景が想像出来ます。 その川も、戦前は近所の子供たちが小魚を獲って遊ぶ川で、いまでも近所の爺さんたちが、あいつのオヤジは川にはまったことがある、とか、あそこのバアサンが水浴びしていたのを見た、とかいっていますが、戦後、川がドブ川になり、ついには上にコンクリートをかぶせた暗渠になってしまいました。そっけない遊歩道だったのが、最近、急に渋谷区が手入れを始め、表参道の>シェーキーズとシャネルの間から渋谷の方向への洒落た散歩道に姿を変え、両側に可愛い店がいくつか出来ました。しかし、まだまだ、住宅のほうが多いのですが、よくよく見ると変わった家もあるのです。 小さな天文台をつくった家、まるでスペインの城のような家、のんびり歩きながら楽しんでください。 |
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| 遊歩道(通称:キャット・ストリート)その2) |
↑などと書いていたのは6年ほど前のこと、年末から1月の15日まで、夜警なぞという青年会の慣習があり、交代で町内を見回ります。で、驚いたのがこの遊歩道の変貌です。何時の間にやら新しい店舗だらけで、住宅の方が少なくなっているのですからねえ。この通りに面した友人宅が何軒かありますが、昨年、ビルに建て替えたところもありますし、建て替えていないところには勿論、建築会社からビルにしろ、建て替えろとうるさく
いってきているようです。う〜〜〜、裏通りまで人だらけになっていくのは堪らんなあ。 (2001年1月) |
| 遊歩道(通称:キャット・ストリート)その3 |
遊歩道の両側、どんどんと店舗化しています。 いやいやあっという間の出来事でこの遊歩道の変貌は驚くばかりのものです。この通りは「裏通り」だったはずなのですが、今では立派にメイン・ストリート、朝早くでもなければこのように人影の無い写真なんて撮れません。 日曜祭日の午後なんていったら、「芋の子を洗うよう」です。 (2004年1月) |
| 遊歩道(通称:キャット・ストリート)その4 |
昼頃、遊歩道の横を通ってみるとなにやら子連れの若いファミリーが黒山のようにかたまっています。 なんじゃこれは。どうやら子供服のフォト・コンテストをやっているようで、着飾った幼児と同じくブランド志向の母親・父親が群れていたのです。 う〜〜ん、・・・・。なんだかねえ・・・・。 ふとみると「原宿神宮前くらしの道およびオープンカフェ等社会実験」なぞという紙が街路灯のポールに貼り付けてあります。 最近、地元とは余り関係のない人たちが原宿の知名度と集客力を利用して、公的機関を巻き込み、よく判らないことをやろうとしていることもあるようですので、ちょっと心配。 (2004/10/24) |
| 原宿駅前郵便局 |
「原宿駅前郵便局の前で会おうね」こういわれれば、当然、原宿駅の傍でしょう。 で、駅に行って探すと・・・・。 在りません。 この郵便局は原宿駅から表参道を下って行き、明治通りを越えて2本目の路地を右に曲がったところにあるのです。 何でここが駅前なんだ。 納得いきませんねえ。 きっと1925年にJR環状線(昔は省線って言っていたのです)が出来た頃には、原宿駅からこの郵便局まで殆ど建物が無かったのかも?、と想像させる郵便局です。 |